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2026年8月5登録
徒然話_06
【「ある盗賊の話」と「或る列車」】
【井上ひさしの言葉】
「むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをおもしろく
おもしろいことをまじめに
まじめなことをゆかいに
そしてゆかいなことをあくまでゆかいに」
●松本清張のデビュー前の2作品が発掘されてた話(2026年8月2日朝刊記事)
朝日新聞発行の「朝日ウィクリー」に掲載された作品が松本清張のものだと分かったようだ。
「ある盗賊の話」と「百八煩悩
2作は、いずれも、1950年9月に朝日新聞西部本社が発行していた「朝日ウィクリー」に掲載されていた。
「ある盗賊の話」は、作・志和隆晴 松本清張・画
写真の右側がタイトル部の拡大ですが、仏像の顔は、見覚えがあります。
記事によると、作者の名前の「志和隆晴」は、
「志和」が、清張の母親の生まれた村
名前の「隆晴」は、清張の三男の名前とされています。
「百八煩悩」は、作・松本ェ隆
ェ隆は、ペンネームのようですが、友人などの証言もあり清張作品に間違いなさそうです。
両作品は、その後の清張作品を彷彿とさせるような内容のようで
記事には、「どちらの作品にもその後清張が描いていったモチーフが描かれていて...」と、紹介されています。
現物は、横浜の『日本新聞博物館』で展示されるようなのでのぞきに行きたいと思っています。
(8月2日〜30日まで)
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●或る列車
JR九州で「或る・・・」
これは清張ゆかりの...
すぐに、「或る『小倉日記』伝」を思い浮かべました。
「或る・・・」が清張の専売特許というわけでは無いでしょうが、清張狂にとっては
見逃すわけにはいきません。
旅番組など好きなので、「或る列車」については、名前は知識がありました。
清張関係としては、豪華列車で、イメージ的には違うな
と、思っていたところです。
ただ、旅と清張は密接な関係もあり関心がありました。
「或る列車」を、少し紹介すると
「或る列車」 「或る列車」とは、明治39年(1906年)、当時の「九州鉄道」がアメリカ・ブリル社に発注したものの、
九州鉄道が国有化されたため、新橋駅に置かれたまま活躍する機会のなかった列車を蘇らせた列車だ
列車名の由来
列車名の「或る列車」は、この車両のコンセプトの基となった豪華客車に対して当時の鉄道趣味者が付けた呼び名である。
また、キーワードの“ARU”には
A - AMAZING(「素晴らしい」九州の魅力を広く紹介)
R - ROYAL(「豪華な」デザイン、「素晴らしい」スイーツコース)
U - UNIVERSAL(「世界中の」「皆さま」に愛される列車を目指して)
の意味が込められている。
そんなさなかに、『ある盗賊の話』が登場しました。
清張狂の血が騒ぎ、二つをくっけて妄想列車を走らせました。
九州を舞台にした清張作品は多数あります。
その舞台巡る列車の旅など企画すれば面白いのでは。
■小倉
■宗像
■唐津
■太宰府
■吉野ヶ里
■安心院
■阿蘇
●バスで行く「陸行水行」など、参加してみたい。
没後34年、今なお清張は現役であり続けています。
清張没(1992年8月4日/享年83歳)
2026年8月4日記
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